都電・赤羽

昨日は「さらば都電」ということで、最後に撮った写真をアップしましたが、都電は結構撮っていますので、都営交通100年に合わせて、しばらく都電シリーズです。

今日は27系統の終点「赤羽」電停です。三ノ輪橋から王子駅前まで現在の荒川線を走っていました。王子駅前で右手に折れて北本通りを北上し赤羽まで行ってました。王子駅からはちょうど現在の地下鉄南北線のルートと同じです。国鉄・赤羽駅からは少し離れていました。
個人的は写真の7000系最終型と7500系の乗り心地が良かったように思います。
(1972年4月撮影、Canon FTb FD100mm/f2.8)
b0221605_9591713.jpg




2枚目は7077の車内の様子です。まだまだ庶民の足だった都電、日中は長閑な時間が流れていました。
b0221605_103776.jpg

Commented by 佐倉 at 2011-10-05 14:48 x
 電停の先で架線が二股に分かれていますが、それがそのまま線路の形なんですね。
 路面電車はあちこちで見ていますが、こうして上空を眺めた記憶は無く、架線がこんな風になっていたのかと、目から鱗です。(笑)
Commented by tamura at 2011-10-05 19:52 x
ご指摘を受けて気付きました。(笑)
確かにおっしゃるように上を見れば線路の配置が一目瞭然ですね。
Commented by 枯れ鉄 at 2011-10-05 23:09 x
その昔はあったようなのですが、枯れ鉄が知る頃の京都の市電はこういう終着駅が京都駅前と稲荷に在ったのですが、どちらも本当の終着駅で、赤羽のように、道路上に終点になっているのは目新しいです。(先日アップした阪神国道線はこんな感じでしたが)
都電が車の厄介者になってきた時代なのか、横のトラックがかなり迫ってますし、線路上にはみ出す車も見えてますね。
こうして、追われていったのは、京都も同じですわ(@@)
Commented by tamura@ctr9dmr at 2011-10-06 08:50 x
都電の場合はどちらかというと道路上の終点も珍しくなかったです。時代は車社会へとまっしぐらでしたが、日常生活の足としては路面電車の方がよほど便利でしたね。
by ctr9dmr | 2011-10-05 10:06 | 東京都電 | Comments(4)

京都周辺の四季、春秋のバラ、たまに鉄道


by ctr9dmr