33レ急行・出雲

当時のネガを見直したら、先日アップした米子駅へ進入する544レのコマ前の1列6コマ分を見落としていたことに気付きました。
ということで、今日はその中からのアップです。行ったり来たりになりますが、再び米子駅です。
上り544レを待っている間に東京から15時間以上掛けて下ってきた急行・出雲が浜田に向けて出発して行きました。
米子駅で3両を切り離し、あと4時間ほど掛けて浜田到着は14:10、最後尾はスロフ62です。
昨日・一昨日と列車の特定でお騒がせしてしまいましたが、今日は多分間違いないと思います。(笑)
(1972年3月撮影、山陰本線・米子付近、Canon FTb FD50mm/f1.4)
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Commented by 青列車 at 2013-08-28 10:37 x
東京発着の東海道~山陽・山陰・九州方面の優等列車では原則下り側からユ・二・ロネ・ロザ…と組成されハザが上り側になるのが原則でした。下り列車の最後尾(上りはカマ次位)にスロフが来るのは米子回転車を落とした「出雲」以外には登場当時(20系化前)の「あさかぜ」位しか思い当たりません(^^);
スロフ62の前はオロネ10、その前の2両のハネの形式までは判りませんがオハネフ12ではないのは間違いなさそうです(オハネフ12は車掌室の上だけク―ラ―では無く扇風機の丸いカバーが残っていますので屋根だけでも判別できます)。座席車がどうもナハのようですし、牽引定数の厳しい山陰本線ならハネはオハネ12かも知れません(^^);
(これが上野発着だったり日本海縦貫線や中央本線方面ならスハネ16と特定出来る=オハネ12に電暖車はいません=のですが…)
スロフの貫通路に立つ青年、カジュアルな装いですね。等級制が廃止されロザ料金が割安になった当時、確か400キロまでならロザ料金はB寝台より安いことからリクライニングシートが簡易寝台代わりとして人気があったそうですね(実は自分も富山~大阪間、583系夜行「立山」でやりました。ただ当時のロザが禁煙車でなかったので往生こきました…orz)。
Commented by tamura@ctr9dmr at 2013-08-28 13:11 x
青列車さん、
たまたまとはいえ都合2回急行・出雲を撮っていたとはラッキーでした。
ロザでの夜行経験は子供の頃に一度だけあって、今でも記憶に残っています。
家族で十和田湖へ行くときに急行・北斗で経験しました。ただ、眠れたかどうかまでは覚えていません。(笑)
Commented by 佐倉 at 2013-08-28 16:08 x
 ロザ夜行は私も一度だけ、急行ばんだいで会津へ行きました。
 あまり良く寝られなかった覚えが...(笑)
 
 写真を拝見すると、道路が濡れているような感じですが、やはり雨だったのでしょうか?
 遠方の蒸機はC57でしょうか...更に遠方にも煙が登っている様に見えますね。
Commented by tamura@ctr9dmr at 2013-08-28 20:28 x
佐倉さん、
リクライニングがあっても照明は明るいままだったような、、、
寝台車でもあまりよく寝られませんでしたから無理はないですよね。
この日は小雨が降っていたようです。
遠くの方が霞んでいますが、操車場のあたりの蒸気はC57ですかね。
Commented by 枯れ鉄 at 2013-08-28 22:44 x
米子駅は川を挟んでというか、駅舎と離れた位置に貨物駅があり、これは今も変わっていません。
この頃は蒸機ですが、今はEF641000です。
なんだか、信じがたいです。
Commented by tamura@ctr9dmr at 2013-08-29 20:31 x
枯れ鉄さん、
現在は電化されていますので、働く機関車も様変わりで隔世の感です。
しかし、時代が変わっても米子駅は交通の要衝のようですね。
by ctr9dmr | 2013-08-28 09:34 | 山陰本線 | Comments(6)

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