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京の彩紋様++

京都周辺の四季、春秋のバラ、たまに鉄道


by ctr9dmr

勝浦発両国行き222レ

春バラは」ひとまず終了で、再び昔の鉄道写真です。
今日は千葉名物とでもいいましょうか、千葉以遠から両国まで乗り入れていたSL牽引の直通列車です。
当時の路線ごとに、房総東線・勝浦発222レ、房総西線・館山発124レ、総武本線・銚子発326レの3本が運行されていました。
それぞれ千葉駅までは普通列車で、千葉の次はノンストップで両国を目指しました。
その中でも勝浦発の222レは始発時刻が4時前で千葉駅には6時過ぎ到着、両国着が7:00でしたので、
撮影は日の出の早い頃だけでした。本当は県内最難所だった大網~土気間(25‰勾配)で撮りたかったのですが、
当時は、朝5時半過ぎまでに現地に向かうす術がなく、近場の津田沼駅あたりで撮るのがやっとでした。

1969年8月、旅客列車の無煙化が迫る中、朝霧の中からC57105(新小岩)牽引の222レが現れました。
後方に見えているガードは、新京成電鉄のオーバークロスです。
(1969年8月撮影、総武線・津田沼付近、Ricoh Flex New Dia)
勝浦発両国行き222レ_b0221605_8211783.jpg

Commented by 佐倉 at 2012-06-07 12:19 x
 いかにも夏の朝という感じの写真ですね。当時の空気を感じられます。

 69年8月というと、大学2年生で毎日津田沼も通っていたのですが...朝7時両国着だとすれ違わないですね。(笑)
 津田沼駅の直ぐ近くの様ですが、ここって線間では?
Commented by tamura@ctr9dmr at 2012-06-07 18:31 x
佐倉さん、
休みの日になると自転車でこの近くまで来て撮っていました。
ここは津田沼止まりの電車が折り返すときに使う引き込み線の先端部分で、線間と言えば線間ですね。(笑)
まあ、当時はこのあたりでも自己責任で、、、
Commented by 枯れ鉄 at 2012-06-07 21:07 x
両国までC57が来ていたなんて、今では信じられないですね。
それに加えて、線間での撮影。
自己責任が本当に自己責任で、無茶をする人間のいない、いい時代でしたねぇ。
Commented by tamura@ctr9dmr at 2012-06-07 21:22 x
枯れ鉄さん、
千葉県内からは成田線からも上野まで乗り入れていましたし、両国へは毎日3本も入ってました。
通常の線間は危険この上ないですが、十分ゆとりのある線間では、良く撮ってましたね。
Commented by 青列車 at 2012-06-08 21:48 x
もう10年以上前ですが津田沼界隈で働いたことがあります。ひっきりなしに長大編成の103・113そして205・209・E217・E231が踵を接して雁行し大東京の延長線になった今の津田沼からは想像もつかない風情ですね…
千葉県を引き上げて早5年、何時の日か再訪してみたい場所です。
by ctr9dmr | 2012-06-07 07:45 | 総武本線 | Comments(5)