ある日の午後

京葉道路を行く38系統です。左が錦糸堀車庫行き、右が門前仲町行きです。
錦糸町と亀戸の間、亀戸よりの横断歩道橋から撮ったようです。
撮影は9月なので、まだ暑そうな陽差しに見えます。
(1972年9月撮影、Canon FTb FD100mm/f2.8)
b0221605_8544139.jpg

Commented by 佐倉 at 2012-10-09 09:31 x
 見事な並びですね。
 同じ38系統、6000番台と7000番台では車体の幅が違うようですね。
 それ程早い時間には見えませんが、今では考えられないほど車が少ないですね。
Commented by tamura@ctr9dmr at 2012-10-09 20:20 x
佐倉さん、
ちょうど並んだタイミングが良かったのかどうかは微妙ですが、まあよしとしましょう。
7000系は洗練されていますね。前後が少し絞られてスマートに見えます。
このタイミングの時は、車の流れが少なかったんでしょうか。
京葉道路は朝夕かなり混んでいましたから、谷間的な時間帯だったのかも、、、
Commented by 枯れ鉄 at 2012-10-09 21:59 x
東京とは思えない交通量ですね。
都電のビューゲルは、斜めに広がっていくタイプが殆どですね。
京都市電は、Rがついて、先端部分だけが広くなるタイプが殆どで、数両だけが、都電とおなじようなタイプでしたから、このタイプを見ると、嬉しかったのですが(^^)
バックの看板、「カラーテレビ」と呼んでいた時代ですね。
その後、テレビと呼ばれ、さらに液晶テレビ、プラズマテレビを経て、今はまた、テレビでしょうか。
Commented by まこべえ at 2012-10-09 22:03 x
このところ続いている都電のお写真、蒸気とはまた違う意味で、いいですね。
佐倉さんも指摘されているように、車が少ないことにもびっくり。
60年代前半ならばまだわかるのですが、70年代ですよね。
たまたまだとしても、そのおかげで、都電が目立って、いい写真になりましたね。
時代は、カラーテレビが急速に普及していく時代ーバックの東芝やサンヨーのカラーテレビの看板も、懐かしいです。

追伸
先日、といってもずいぶんたってしまいましたが、コメントで、 tamuraさんと書くところを、間違えて、佐倉さんと書いてしまいました。
文意が通らなかったかもしれませんが、 tamuraさんのような写真を撮りたかったなあ、という意味でした。
ずいぶんたってからの訂正で、申し訳けありません。

Commented by tamura@ctr9dmr at 2012-10-10 21:37 x
枯れ鉄さん、
自分でも随分空いて居るなぁ、と思います。
昭和47年と言えば、まだまだ右肩上がりでしたし、前年に首都高7号線が開通したこともあって、
京葉道路も朝晩を除けば、かなりゆとりができていたのかも知れませんね。
ビューゲルはご指摘で初めて気づきました。確かにそうですね。
カラーテレビという言葉も今となっては死語ですね。
Commented by tamura@ctr9dmr at 2012-10-10 21:42 x
まこべえさん、
蒸機の写真は、だんだん在庫が少なくなっているので、少しずつであります。(笑)
都電の方は、まだだいぶ余裕がありますので、しばらく続けようかと思っております。
片側4車線ですので、車が少ないと都電が主役に抜擢です。(笑)

コメントについては、気になさらないで大丈夫です。
私もしょっちゅうやらかしておりますので、、、
ご丁寧にありがとうございます。
by ctr9dmr | 2012-10-09 08:55 | 東京都電 | Comments(6)

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